医学には、基礎医学と臨床医学という分類があります。
基礎医学・・・未来に向けての研究、本質を明らかにしたり、新しい発見を目指す。
臨床医学・・・実際に現場で患者を相手に医療行為を行う。
これと同様に、宗教も基礎宗教と臨床宗教という分け方もできるのではないかと、ふと思いつきました。
仏教で言えば、
基礎仏教・・・経典や歴史を研究し、あるいは伝授等を受け、仏教の正しい姿を明らかにしたり伝えたりする。
臨床仏教・・・壇信徒や救いを求める方々に向き合い、相談、回向、祈願等、様々な方法で安心を与える。
という分け方になるのでしょうか…?
基礎は不変のものを追い求め、臨床は対機説法等、相手に応じて安心を与えます。
基礎は自利、臨床は利他の色合いが濃いと思われますが、基礎にも臨床にも自利利他のどちらの要素も含まれていると思います。
また、一人の僧侶の中にも基礎の部分と臨床の部分が存在し、それぞれウエイトが異なるっていると感じられます。
基礎医学か臨床医学のどちらかにウエイトを置いている医師が逆の立場に対し様々な考えを持っていることが多いのと同様に、基礎仏教、臨床仏教でも、異なる立場の僧侶に対し様々な言い分があるように感じられます。
しかし、どちらにウェイトを置いても、「二利双修」は忘れてはいけないことだと思います。
基礎を追い求めても「衆生の安心」という目標は心に留めておかなければならない。
臨床においても「正しい教え」に基づいた安心を与えていかなければならない。
そのように感じる昨今です。
令和2年1月20日加筆